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西郷隆盛

維新の主役に相応しいのは西郷隆盛。御勘定方小頭47石という、藩士としては最下層の身分に生まれであったが、藩主・島津斉彬に見出され側近に大抜擢。その命で京都や江戸で活躍するうちに数々の名士らと親交を重ね、日本全体の未来像に目を向けることで人間的にも成長。彼への声望も急速に高まっていきました。斉彬の急逝、新しい藩主の後見の久光との衝突、島流しなどの悲劇を経て、新国家樹立のための倒幕運動の歩みも始めました。それに必要な長州藩との同盟が成立したのは、ひとえに西郷のリーダーシップに依ります。最後の責任は全て自分が引き受ける、という西郷の姿勢は薩摩藩だけでなく他藩からもリーダーとして慕われていたのです。幕藩体制を切り崩し大名や氏族の既得権を全て取り上げる廃藩置県の断行も、西郷が「責任は全て自分に」と進めなければ近代国家の成立には更に時間がかかっていたことでしょう。並はずれた包容力で全てを受け入れるその姿勢で時代を動かした彼は維新で最も活躍したヒーローとして挙げられるでしょう。

義に生き、義に殉じた人徳の漢

多くの人を魅了した西郷のリーダーシップですが、彼が命を落とした背景にそのリーダーとしてのポリシーがあるというのは皮肉なことです。征韓論に敗れて鹿児島に帰った西郷に従って、新政府に反感をもつ士族が鹿児島に集い、ついには新政府との摩擦が最高潮に達して西南戦争が勃発。この叛乱の計画・決行は全て部下が独断で行なったことで、西郷はただ彼らに身を任せていただけであったものの、最後にはトップとしての責任をとり自刃してしまいました。誰よりも「義」を大事にし、それに殉じた西郷は士道をその身で完成させた人物でもあります。

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